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最近は写真日記。

世界でいちばん優しい音楽

最近読んだ小説にこんなのがあったー年老いたバンドマンが旅先の安ホテルに泊まってると壁一枚へだてた隣の部屋から若い恋人同士が愛しあってる声や音が聞えてきて老バンドマンはまどろみの中でそれを聞きながら「世界でいちばん優しい音楽だ」って思うの。

 高3から大学1年の頃だったか、好んで読んでいた漫画である。サカリがついていた時期でもあって、妹に「また女来るの?うるさくて眠れないんだけれど」と家族との距離が遠くなりつつある時期でもあった。セックスの喘ぎ声がうるさいのか、それともはしゃいでいる声がうるさかったのかは定かでは無いが、それ以外にも音楽はかかりっぱなしだったので、全体的にうるさかったのだろう。「うるさい」と言われ続け、何故それを止める気がなかったのか。
 1つは、親への不満である。今の家に越してくる前、「新しい家が見つかるまで」と言われ、小学校3年から高校3年まで住み続けた家があった。小学校3年時、そこに引っ越した当初は、「新しい家は直ぐに見つかるから、我慢してね」と言われ、「それなら少しの間の我慢だ」と考えていたが、一向に引っ越す気配が無かった。ちなみにこの時期に「十二指腸潰瘍」にかかり、小学校3年にして、医者から「ストレスの溜まり過ぎ」と注意される。問題は自分の部屋が無かったことだ。小学校の頃はまだ良かったが、思春期にとってはやはり堪え難い。それでも中学の間には、と言われ続け、結局正式に引っ越しが決まったのは僕がオーストラリアから帰国した年だった。
 そこまで待たされ、選びに選び抜いた物件なのだから、「それまで僕が描き続けた自分の部屋」が提供されるものだと思っていた。中学の頃から音楽を大音量でかける癖があったので、部屋の広さよりも「防音処理」が施されている部屋を望んでいた。親も「引っ越したら好きなだけかけて良いから」と子供扱いしていたので、まさかそれを憶えているとは考えてもいなかったろう。新しい家に引っ越し、音楽をかけた時に「うるさいからちょっと静かにして」と言われた時には、小学校3年から高校3年まで溜まりに溜まっていたものが爆発した。親の理屈などどうでも良かった。約束を守れないのであれば、こちらもそれに従うことはできない。甘える時には甘えておく主義だ。
 2つ目は、セックスについての考え方である。親や妹が「うるさい」という時は概して女子が来る時である。男子が来て騒いでいるときは、そこまで嫌な顔をされない。とすれば結局セックス中の声が気にかかっていたのだろう。部屋がロフトになっていても、聞こえるものは聞こえる。
 性教育にしてもセックスにしても、不潔、もしくは神聖なものというイメージが僕の中にはあまりない。日本はAVに代表される様にモザイク等で隠す文化とされ、それこそが歪んだ性を産み出す元だ、とは良く言われるが、日常会話での性がタブー視されているのは、コミュニケーションとして少し窮屈である。僕はセックスをしてからでないと、その相手を「好き」になることができない。それは別に「セックスできたらそれで良い」という事ではなくて、実践できる全てのコミュニケーションを行わないで、僕は相手を「好き」には成れない。オーラルコミュニケーションをして、ボディコミュニケーションをして初めて「好き」に成れるか成れないかのスタート地点に立つのだ。突き詰めて考えれば、友情と恋愛の差が、僕の場合はそこに現れるのだろう。「できない子とはできない」し、「やりたい」と思える子には、それなりの何かがあるのだ。
 そう考えていた時期に出会ったのが「世界でいちばん優しい音楽」である。「恋人同士が愛し合う声」が「世界でいちばん優しい音楽」であり、その音楽の中から「子供」は産まれてくる。だから恋人同士が愛し合うことに、後ろめたいことは何もないのだ。その音楽を聴けない人々は、どうやって自分の子供に説明するのか。サカリのついていた僕には、自分を正当化するのに、もってこいの漫画だったのである。
 実際「恋人同士」じゃない「男女」が愛し合う声が、どんな音楽を奏でるのかなんて問題は棚に上げてあるのだけれど。

世界でいちばん優しい音楽 (1)
小沢 真理

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