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最近は写真日記。

中道と中庸

 Wikipediaで引くと、中道は、

中道(ちゅうどう)とは、厳しい苦行や、それと反対の快楽主義に走ることなく、目的にかなった適正な修行方法のことをいう。

 中庸は、

「中」とは偏らないことを意味し、「庸」とは易(か)わらないこと

もしくは、

例えば、勇気は蛮勇や臆病の中間的な状態である時はじめて徳として現れる。アリストテレスによれば、この両極端の中間を知る徳性が思慮(フロネーシス、実践知)である。

 とされている。実際、僕はこの2つを同じものだと思っていたが、どちらかというと中道は方法とか立場を現し、中庸は観念的なものなのだろうか。Wikiなので、どこまで信憑性があるのかわからないが、双方の言葉の成立ちから考えると、上記の考えで良いのかもしれない*1
 中学の頃、リトル・ブッダを見て、中道という言葉を知った。ガウタマを演じるキアヌ・リーブスは実際に断食を行い、骨々しくなった肉体を晒していたが、悟りを開かせた「弦は張り過ぎても、緩み過ぎてもいけない」という言葉は、その苦行があった故のものだということを上手く表現していた様に思う。それ以来中道思想にある意味捕われることになった僕は、中道を知るために、極端を知ろうと思い立った。それは一言で表現するならば「生と死」だった。その思慮は多分未だに続いているのだけれど、行動で言えばガウタマが悟りを開き仏陀になった菩提樹の下に立った時がクライマックスだったと思う。
 「普通に生きる。一般的に生きる。平均的に生きる。良いと思うよ。何を普通とするのか、何を一般とするのか、そして平均とするのか、という問題さえクリアすれば。中道を知るためには極端を知らなければならない。シーソーみたいなもので、バランスを取るためには両端が見えてないとできないでしょう。抽象的に表現すれば光とかさ。強すぎる光は痛みでしかないよね。かといって弱すぎる光では意味がない。丁度良い光を得るためにはある程度幅を知らないといけない。もちろん物理の様にバランスを計算で、理論で出せることは可能だけれど、世界は物理だけで計れるものではないでしょ。」みたいなことを、苛立ちの日々の中で考えていた。
 そう苛立っていたのだ。つまりは僕は無意識の内に何かに執着していた。「こうでなければいけない」と考えないようにしながら、無意識の内にフレームに捕われていた。インドに行き、ロイヤルミルクティー色のガンガーに浸かり、スジャータが生きた場所を訪れ、そして菩提樹の下に立った時、何だか全てがどうでも良くなった。それはもちろん諦めとか、惰性で生きて行くとか、折り合いをつけるとかではなく、そういう風にできているんだ、とどこかで腑に落ちた。それから、今まで、「どうにかなるさ」と生きてきた。生きて来れた。それでも家族ができた。もちろん僕が何もしていない分、周囲の人間には迷惑をかけているし、苦労もさせているだろう。でもそれが今あるべき自分なのだろうと思う。自分だけに頼り過ぎず。周囲だけに頼り過ぎず。それでも自分は存在できているわけで、その上でやりたい様にやっているわけで。これからも何らかの極端を知る度に、僕の中道は修正されるのだろうが、結局のところ、自分がいる場所こそが自分の世界にとっての中道なのかもしれない。

*1:中道はガウタマの修行の結果から、中庸は礼記の一篇から