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最近は写真日記。

アエロフロートに軟禁された:2日目

 案の定ジュニアはあまり眠れなかった様で、夜中に何度か目を覚ましていた。起きたのは8時頃だったが、結局朝食に呼びに来たのは10時をまわってからだった。昨夜の夕食とは違い、ホテル1階の個室に全員集められ、そこで朝食を取った。内容は明らかに余り物という雰囲気だったが、何よりも他の人間と気兼ねなく話せる時間は貴重だと感じた。1時間したところで係の物が呼びに来て、また部屋に戻される。ちなみに移動の際には、列の前後に警備が付く。フロアに戻ると手書きのメモが張り出されており、今後のスケジュールが書かれていた。つまりアエロフロート社員は空港までいない、という告知でもあったのだ。
 もちろん部屋に戻ってもすることがないので、PCのデータ整理や荷物整理に時間を当てる。スケジュールによれば、昼食は14時であった。つまりホテルの一般客が食事をした後に、僕たちにその残り物がまわってくるという感じなのだろう。様子を見に部屋の外を覗くとすぐに警備員が反応し、「何か?」と言いたげな目でずっと見てくる。昼食前にどうしてもジュニアのために熱湯が欲しかったので質問すると、係の人間が後で部屋に持って来てくれた。
 昼食は軽いコース料理だったが、実質、内容はほとんど機内食と同じ様なものだった。驚いたのはジュニアのために用意された子供用の椅子である。残念ながらジュニアは5ヶ月になったばかりでお座りもままならず、それは使用できない。またジュニア用に料理も用意されたのだが、塩味のマッシュポテトに鶏肉というものだった。その時点で「子供は5ヶ月で、何も食べることはできないから、ヨーグルトとかありますか?それも砂糖の入ってないプレーンのもの」とリクエストを出し、何度かコミュニケーションを取った結果やっと要求通りのものが出てきた。ロシアでは5ヶ月の乳幼児に塩味のマッシュポテトと鶏肉を食べさせるのが常識なのだろうか。
 空港行きのバスが来るのは17:20分ということだったので、食休み後、出発の準備をする。昨夜寝付けなかったジュニアもお昼寝タイム。時間前に部屋の外を見てみると気の早いイタリア人が張り紙の前で荷物を抱えて待っていた。それを確認した僕たちも同じ様に部屋を出て待っては見たのだが、結局係の人間が出てきて「時間が来たら呼ぶから部屋にいろ」と言って、どこかに行ってしまった。いい加減頭に来ていた僕らはそんな言葉は無視してバスを待ち続けると、数分してパスポートを返された。
 その後ホテルを後にし、2台のワゴンに乗せられ空港に向かった。何事も無かった様にトランジット手続きを終え、リクエスト通りにバシネット(子供用のベッド)も用意されている様だった。搭乗時刻になり、ゲートに向かうと予想以上に日本人客が多く、混雑していた。そこでまた僕ら10人は何故か集合して「本当に日本に帰れるのか?」などと談笑していたのだが、「あ!あれ!」と1人の日本人が搭乗口の方を指さした。そこには昨夜のアエロフロート日本人社員が。それを見た奥さんが「抗議する」と言うと、他の日本人が「彼はきっとMなんですよ。絶対に。わざと怒られたいんじゃないんですか?」と、勝手にドM判定。
 実際搭乗時に彼に先日の事を抗議(ミルクやおむつ、テレカなど)すると「ああ、そうなんですか、大変申し訳ございませんでした」とかしこまり、また「責任者の方に伝えておきます」と責任逃れまでしてみせた。明らかに慣れた姿を見て言葉を失ったのは言うまでもないだろう。やっと飛行機には乗れたものの、天候が怪しく不安だったものの、全乗客員が座る頃には落ち着いていた。
 しかし「やっと日本に帰れるかな?」と笑っていたのも束の間、血相を変えたキャビンアテンダントが「今日の乗客のリストが多すぎるんですけれど、あなた達の搭乗は多分明日だと思います。降りてもらえますか?」と聞き取り難い英語で言われる。呆れて「そこに日本人客室乗務員がいるでしょう?」と、それ以上の言葉を無視していると、違うロシア人CAがやってきて「ごめんね、何の問題もないわ」と言って、離陸の準備を始めた。ちなみにそこに居た日本人キャビンアテンダントからも何の謝罪の言葉もなかった。先日の事も、その日に「降りろ」と言われた事も。
 日本に着いて見ると生憎の天気だったが、1時間弱の遅れで入国できた。手荷物しかなかった僕らは到着ロビーで、先日一緒になった他の8人を待って、数人と再会の約束をした。最後は記念撮影付きで。
 1日を無駄にしたことで以外な人間と知り合ったが、その無駄の仕方はあり得ないものだった。飛行機が遅れ、他の便に変更されることはよくあることでそれ自体はしょうがないことだと思う。問題は、その時の対応だ。しかも言っていることと実際が違い、何よりも軟禁状態にされるということはあってはならないことだろう。それが例え「そういう国だから」であっても、航空会社はできる限りクライアントの自由を保証するべきだ。
 パイロットの腕が良かっただけ、アエロフロートは実に残念だ。機体の古さが問題ではなく、その体質が問題なのだ。何よりも異質に感じたのは、アエロフロートで働く日本人である。郷に従えとは言うが、危機的状況において同じ国籍の人間を蔑ろにできる様な人間には僕はなりたくない。
 もうアエロフロートに乗ることはないだろう。