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最近は写真日記。

キレたらキックキック

 先週、帰国早々に幼なじみと再会した。2002年に彼が渡米してから、実に4年ぶりの再会だったのだが、次の日のフライトでロスに戻ってしまうというのであまり長く話すことはできなかった。以前も書いたが、僕には幼なじみが2人いる。1人は以前紹介したが、もう1人の彼は僕ら3人の中でも比較的に優等生であった。その彼は小中学校と成績が良く、僕はついにテスト結果で彼を上回ることはなく、高校進学も僕が行きたかった学校(僕は「その成績だとギリギリだから止めておけ」と、担任に他の高校を紹介された)へ、余裕で合格していた。その後も有名私立大学に進学し、陸上部の主将を勤めるなど、学業共にその優等生ぶりを発揮していた。ただそんな彼でも大学卒業後の進路に迷いが生じていた様だった。
 僕がオーストラリアに留学した時、彼もまた「俺もいつかは行ってみたいんだよね。できれば早い内に」と留学を示唆していたが、どこかで踏み切れない部分があったのだろう、結局大学を卒業する時期になって「金を溜めてから行く」と、某有名アパレル企業で、店長職に就いた。当時はまだ「何となくアパレル」という雰囲気で留学を考えていた様子だったが、働いている間に進む道が明確になり、2年程で仕事を辞め渡米した。その後しっかりと語学を学び、ファッションデザインなどの勉強をした後に、ロスですぐに仕事が見つかったという。今回話しを聞いたところ、「仕事が見つからなかったら、素直に帰ろうと思ったんだけれどね。就職活動1つ目で決っちゃったから」と、相変わらずの優等生ぶりだった。今回の帰国も仕事上での事だったので、あまりゆっくりはできなかったという。
 子供を抱く僕を見て、「まさかお前が先とはな」と苦笑していたが、僕自身も彼の方が家庭を持つのは先だろうと思っていた。何より、僕たち3人の共有意識として、僕は「結婚しない人間」というものがあった。彼にも現在アメリカに彼女がいるらしいが、結婚の予定はないらしい。今回話しをしていて、逆に彼の方が「結婚しない人間」に思えた。
 小学校の頃を思い出す。「キレると必ず蹴りだったよね?」と彼に尋ねると、「そうだっけ?」ととぼけていたが、彼はキレる度に必ずキックをかます人間だった。それも連続で。しかも半べそで。「今でもそうなの?」と彼を見ると、「もうないよ。っていうか、いつの話しだよ」と笑っていた。
 僕が帰国する前に、もう1人の幼なじみにも彼は会ったらしいのだが「相変わらず」な僕らだという。確かに何も変わっていない。煙草も吸わなければ、お酒も飲まない。ただそこに居るだけで楽しめる。それぞれ綺麗にバラバラで、それぞれ違う方向に進んでいる。それでもどこかで交わっていた。それが今でも繋がっていて、それが今では確かなものになっている。再会すれば何も変わらない僕らがいる。否、進化はしていても、変化のない僕らがいる。それはつまり過去の思い出だけで繋がっているわけではないということの証明でもある。過去話した自分たちの延長線上にいるからだろうか。イレギュラーはあっても、当時それぞれが抽象的に思い描いていたものを、それぞれお互いがそれを感じて認めあい、そしてそれぞれがそれを具体的にして来た現在がある。会う度にそれぞれの位置を確認しあう。そういうことをこれからも僕らは続けていくのだろう。そしてその度にやっぱり「相変わらず」な僕らを再確認するのだ。