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apoPTOSIS:mod.HB

最近は写真日記。

Buon Compleanno a te, e anche a me.

 「誕生日くらい日記を更新しろ」とケンケンからお叱りのメールを頂いた。嬉しい限りである。2月6日は仕事で、2月7日誕生日は、ちびちびジュニアが熱を出してずっと抱っこしていた、というのが言い訳である。
 というわけで、奥さんは1月30日。僕は2月7日に誕生日を迎えた。お互い年を重ねたもので、来月には出会って6年目、結婚5年目を迎えるわけである。全くもって「年を取ることは容易く、老いることは難しい」のである。
 32才は節目だと思っている。ちなみに次の節目は35才。その次は42才だろうか。何が節目なのかと言えば、僕がイタリアの大学をマスタまで終了していればその年令だったのである。32才を過ぎて日本に帰って来て、初就職という未来があった、という話しで、多分今のご時世で考えれば早々に収入先を確保できたのはそれなりにベターだったのだろう。ただその先はどうだったか、と言えばそれはまた不明である。ただ一つ言える事は、今いるジュニア、ちびジュニア、ちびちびジュニアは産まれていなかっただろうし、何よりこうして奥さんと一緒に幸せな生活を送ることはなかったのである。
 平等じゃない世界で、時間だけは平等に流れている、と言われるが、かといってトレードオフだとは思っていない。これから過ごす時間も過ぎた時間も平等かもしれないが、繰り返すことはできる。それは良い意味でも悪い意味でも。RPGのダンジョンみたいなものである。
 「最近、本を買って来ないね」と奥さんに言われる。確かに読書率が落ちた。「本当にやりたいこと、見失ってないですか?」と手相を見てもらった時に言われた事があるが、それが引っかかっているのかもしれない。というと、センチメンタルを味わえるが、実際の所はiPhoneに首ったけ、という事もある。でもそれ以上にケンケンが「早くこいつをアカデミアに帰してやってくれ」と、奥さんに言った言葉が何よりもの賛辞だったりして、できる限りの最短でそうしたいのであって、やはり帰る場所はそこだなと思うのである。
 奥さんもそろそろアラサーである。スイーツ(笑)とかならなければ良いけれど、自身で作る以外スイーツ自体に全く興味がなく、また最近は洋裁中心なので、スイーツ(笑)にはなりそうもない。色々な事に手を出して、いつの間にか自分のものにしている吸収性は見習うべき点である。
 誕生日を自分の家族と祝えること。祝ってくれる他者がいること。何より、僕の誕生日を覚えていてくれることに幸せを感じつつ32才の朝を迎えたのであったとさ。