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apoPTOSIS:mod.HB

最近は写真日記。

自主・自立・自走

 経営理念とかで使われる事が多い様だが、僕の子育てのモットー?である。家庭教師時代からそうだったが、最初はやってみせる。後は考えさせる。やらせる。とりあえずやらせる。「助けて」という言葉があるまで、手出しはしない。形になったらそのままやらせる。「こういう方が良いのに」と思っても、アドバイスを求められるまで手を出さない。
 子供を育てるとは裏を返せば、親が成長する事に他ならない。子供の年令=「親」としての年令であって、実年令なんて、生きた年月程度のものだ。親の経験値は子供が与えてくれるものであって、最初から親らしくできても、「その子供に見合った親」の経験値はあくまでも0なのである。
 自分で考えること。自分で判断すること。自分で行動すること。それが僕が子供に対して与えられるバイアスである。いつか子供たちはそのバイアスに気がつくだろう。「自分で考えること。自分で判断すること。自分で行動すること。」を「僕によってさせられていた」ということに。そこから先は希望的観測である。そのバイアスを乗り越えられるかどうか。最悪乗り越えられずとも、親がいなくなったとして、最低限の生を営めるだろう、と思っている。
 子供に対して親で居られる期間など十数年の話しだ。後は求められる時だけ親であれば良い、と思っている。というより、親だけでいる人生なんてまっぴらごめんだ。僕には僕の人生があって、子供たちがやりたいことを望む様に、僕にもやりたいことは山ほどあるのである。子供に何かを託すなんて、もったいなくてできないのである。