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最近は写真日記。

69: Sixty Nine

 週末に観たのだが、良くここまで映像にしたなと驚いた。脚本は宮藤官九郎、監督はリ・サンイル。原作を読んだのは中学生の頃で、当時ではわからなかったことが色々と伝わってきた。自分の中高時代に重なる部分も多くて、当時は逆にこの原作に対して冷めていたのだ。僕は中学当時、部活をやったりやらなかったり、半分帰宅部。ずっと続けていた剣道を、部活でもやろうとしたら弱小過ぎて行く気を無くした。小学時代にはサッカーチームにも入っていたが、中学の部活に入る気は無かった。当時の担任はサッカー部の顧問で、しつこく誘われたが、その担任が嫌いだったので絶対に入部しなかった。最後に彼は逆ギレして「お前、そんな中途半端で何ができるんだよ」って職員室で怒鳴られた。意味がわからなかった。
 とにかく中学校の時が僕の今までの人生の中で1番荒れていた時期だろう。今となってみれば何処も彼処も中学生は茶髪にピアス、携帯やナンパ、当然のことだろう。僕が通っていた中学は生活指導に厳しく(高校はそれ以上に厳しかった。病的なくらいに。)、僕は何度も髪の色を直され、自宅訪問もあり、中3に上がった時には学年主任のクラスに入れられた。飲酒や禁煙、コンパとかは日常だった。バイクに乗ったり、殴られたり。教師には直接的(間接的には何度もある。)には暴力を振るわれることは無かった。
 高校の頃は、部活に集中していたけれど、やはり毎日職員室に呼ばれていた気がする。それでも僕の中では中学の頃に較べて、自分が落ち着いているのに、何故、駄目出しをされるのかわかっていなかった。今でもわかっていない気がするけれど、この69で、そういったことを思い出した。それは日常的な行動ではなくて、その裏に隠されていた行動原理とか、その当時僕の目に映っていた風景とか。
 忘れていたわけではないけれど、それを客観的に見せられると自分で気づかなかったことを色々と感じることができた。「何かを強制される集団は醜い」という言葉はもう、青春以外の何者でもない。義務教育から大学教育までの間に、そういった事を感じられるか感じられないかが、日本での人生の第一歩のような気がする。