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最近は写真日記。

そろそろ2回目の結婚記念日

 3年目に突入である。3年目の浮気の話ではない。今でも2005年の3月11日を覚えている。「何だ、この丸い男は」(イタリア時代で、全体的に手抜きの格好だった)とは奥さんの第一印象なのだが、「デカい女だ、でも超ミニスカートですね」というのが僕の第一印象だった。それからつき合う迄に5ヶ月を要し、結婚したのが翌年2006年3月11日である。結婚した当日にid:KEN_NAITOに会い、「嘘やん、今日俺の誕生日!」というおめでたい情報も聞いた。その2ヶ月後にはジュニアが生まれ、そしてその1年と3ヶ月後にはちびジュニアが生まれた。計算が合わないのは人生そのものである。
 「金も定職も無い男は結婚できない」らしい。日本に帰って来るまで、僕は学生で、収入も貯金も住む所もなかった。もちろん定職などなく、その年齢になるまで社会人経験もなかった。それでも結婚し、子供にも恵まれ、収入の安定した仕事にも就いた。
 全ては奥さんのおかげだと言っても良い。社会人経験の無い僕の手ほどきをしてくれたのは彼女であり、また僕の収入が安定するまで家計を支えていたのも彼女の貯金であり、住居の手配をしてくれたのも彼女だった。絵に描いた様なダメ男である。
 そして出産に関しても彼女は既に1人前だった。「里帰り出産できないと出産は辛い」と、周囲が皆里帰りする中、彼女は1度も実家に帰ることなく2人の子を育てている。ただでさえ辛いと言われる年子でありながら、泣き言さえ言わない彼女の力強さには頭が下がるばかりである。
 結婚はそういうものの様だ。結婚に到れない障害があるとすれば、それは本人達次第。子供を見てくれる人がいなくても、子供を育てることは可能なのである。それもまた本人次第なのである。要するに現実的な障害など何もない。そこに障害を作り上げているのは、当の本人でしかないのである。
 奥さんに「計画的じゃない。どうするつもりなのかまるで見えないから不安だ」と言われ、喧嘩をしたことがある。その言葉から2年近く経とうとしている。多分未だに計画性はない。それで不安にさせることもあるのだろう。それでも僕の途を一番に考えていてくれる、ありがとうという言葉ではまるで足りない。新しい生き方を示してくれた恩人でもある奥さんに、感謝の毎日なのである。