apoPTOSIS:mod.HB

最近は写真日記。

ホストになってみよう:その22

 言われるがままにフロアに戻ると、先程の一群が既にくつろいでいた。その席は、一応VIP席と言われ、フロア席よりも一段高い位置に設置されていた。専務に招かれ紹介が始まる。
 「あ、これ、ウチのナンバーワン候補のサクラくん」
 じゃあ、座ってと席を促されたが、状況が把握できずに意味も無くスーツの襟とか確かめてしまった。「カプリっていう店知ってる?そこからお祝いに来てくれたんだよ」と専務が小声で教えてくれた。カプリという店名は知っていた。幼馴染とホスト話で盛り上がり、いろいろと調べた結果地元では老舗と言われていた店である。同業か、と愛想を振りまきながら観察していると、「あ、遅くなりました。おはようございます」と見なれないホストが1名現れた。
 「失礼します。本店から来ましたカイジです」と自己紹介を始めると、「カイジは本店の現ナンバーワンなんですよ」と専務が一同に紹介した。カイジさんと専務が座ると、自己紹介が始まった。来店したのはカプリの代表と専務、現ナンバーワンと、期待の新人、そして女性陣はそれぞれの一番の指名客ということだった。感想を述べさせて頂くと、別に格好良いわけでもなく、話が面白いわけでもなかった。挙げ句にうちの本店ナンバーワンのカイジさんに至っては、抽象的に言えば丸っこい人で、具体的に言うなら小太りだった。
 「ドンペリ入ります!」とトレイキャリーを押してカガミさんが登場。カガミさんが僕の隣で立て膝をつき、ドンペリの準備を始めた。その時始めてドンペリという飲み物は炭酸が強いため、ある程度炭酸を飛ばしてあげないと飲み難いことを知った。カガミさんは手際良くグラスを並べ、次々とこぼす事無く、それでいて量がそれぞれ平均的になる様に器用に注ぐ。直ぐに割り箸を取り出し、グラスの中のドリンクをかき混ぜ、炭酸を抜いていく。「手伝いますよ」と手を差し伸べると「馬鹿、この客はお前が相手するんだから、そっちに気を遣え」と小声で注意された。
 用意されたドンペリをお客さんに回そうと、カイジさんに渡すと、まるで動く気がないのか自分の目の前にグラスをおいてタバコを吸い始めた。「ナンバーワンはこうなのか?デブなのに?」と思ったが、とりあえず皆に行き渡る様にグラスを手渡した。「あ、ピンドンだ。嬉しい!!」と女性陣がはしゃいでいたが、別段驚く様な味はしなかった気がした。
 トークの内容のほとんどがウチの代表の愚痴だった。「他の同業から引き抜こうと思ったらさぁ、あいつらすげー給料貰ってんのな。結局素人集めたけどよ、しんどいなぁ、やっぱり」そんな内容だった。僕の人生にはどうでも良さそうな話を聞きながら、とりあえず微笑み続けた。どうやらウチの代表は業界ではある程度名の知れた人らしく、「ここらじゃ一番顔の効く人」らしい。時々話をふられ、面白くもないのに笑いながら相づちを打つ、社会人てのはこんなにつまらないことを毎日しているのかと感じた。
 そのまま他愛の無い会話を小一時間程して、彼らは帰っていった。見送りに外に出ると、カプリの代表が僕の肩に手をおいて「ま、頑張ってよ」とウインクした。気持ち悪いな、とは言わず、頑張りますとそのまま返したが、何を頑張るのか意味がわからなかった。そうして彼らが来た時と同じ様に、VIPカーに乗って帰っていった。
 店に戻るとカガミさんが待っていた。「あれはお前の客なんだよ。本店から来たカイジさんを立ててどうすんだよ。もっと堂々としてろ」と何だかイライラしている。目線の先にはVIP席で足を組み、タバコを吸っているカイジさんがいた。半分は個人的な感情から、半分は教育係としての立場からの言葉だったのだろう。注意されたり怒られたりすると僕はその人に好感を抱く事が多々ある。実はMなのかもしれない、と思うことがあるが、注意された内容が「仰る通りです」というものの場合、この人は僕のことをしっかりと観察しているなぁ、と感じるのである。つまりはそこにあるのは無関心ではなく、愛なのだろう、と勝手に思ってしまうのである。