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最近は写真日記。

結婚式の偏差値とバスケ部の連帯感

 「他界されました」で書いた、高校バスケ部キャプテンの結婚式に行って来た。場所は原宿、東郷記念館。原宿が新郎の産まれ育った場所である。
 式と披露宴に出席した高校時代の友人は6人。バスケ部は僕を含めて4人、サッカー部が2人いた。当日朝から降っていた雨は、神前式が始まる前に上がった。「雨降って地固まる」と参列者が笑っていたが、後々の披露宴では誰もその言葉は発していなかった。親族と友人が対面する形で、境内東郷神社本殿前に並び、新郎新婦を迎える。砂利のおかげで足下がぬかるむこともなく、石畳も乾きはじめていた。和装ながらギャル男風の髪型でニヤニヤしている新郎に周囲から苦笑がもれる。「笑ったら失礼だけれど、あいつはやっぱり笑えるな」と他の友人参列者も笑いを隠せない様だが、流石に親族はマジマジと新郎新婦を眺めていた。反比例して新婦の美しさが際立ち、新婦を知らない参列者からは「綺麗!」とため息がもれていた。
 新郎に新婦を紹介されたのは10年も前の事だった。まだお互い学生で、彼らが知り会ったバイト先のカフェに何度か足を運んだことがあった。その後も何度か2人に会った事があったが、いつでもラブラブの2人だったことが印象的である。僕が結婚の報告をした時に「俺たちもするぞ、結婚」と意気込んでいたが、先述の出来事があり、2年程ずれ込んでいた。
 神前式は予想以上に荘厳だったが、感動のあまり涙を流す人間は1人もおらず、相変わらずの新郎の雰囲気に苦笑は続いていた。もちろん悪い意味での苦笑ではなく、「あいつは何でも同じレベルで物事をこなすな」という意味での苦笑である。良い言葉で言えばプレッシャーに強く、悪い意味で言えば緊張が足りないのである。30分程度で誓いは終わり、披露宴を待つ。
  予定より若干遅れて披露宴が始まった。祝辞を述べたのは2人。新郎が勤めるザラジャパンのCEOと、新婦が勤める三井住友の支店長。CEOは拙い日本語ながら、しっかりとフォーマルな挨拶をしていて、真摯な気持ちが伺えた。逆に支店長は流石に場慣れしていて、「CEOが日本語だったので、私は英語で、というわけにもいきませんが」と笑いもとっていた。その後乾杯の音頭をとったのはザラの人事部長。30過ぎかと思われる女性なのだが、出席者女性の中でダントツのミニスカートで、かなり注目を集めていた。もちろんトークも充実しており、新郎の働きっぷりを褒めたたえていた。新郎がザラの中でも重要なポストに居るとは聞いていたが、ザラジャパンの旗艦店でマネージャーをしているということを、その時初めて知った。「60人のスタッフをしっかりとまとめあげ、指揮を取っている」という話を聞いた時に、「えぇ、30人のバスケ部もまとめられなかったのに…」とバスケ部全員が思わずつっこんでしまった。
 乾杯、と出されたドリンクを飲む。予想外に中身はお神酒で、口に含みもせず、唇を湿らせただけでテーブルに戻してしまった。その後は料理とスピーチが交互に続いた。印象的だったのはお色直しの時に流された2人のプロフィール映像。新郎の双児の弟はジャニーズJr.だったのだが、当時の映像も流れていて時代を感じさせた。もちろんバスケ部時代の映像も流れていたが、「いつの写真だ?」で終わってしまった。驚いたのは新婦の方だ。綺麗な人だ、とは思っていたが、新婦は新婦で中学高校とアイドル事務所に所属していたらしい。芸能関係に繋がりが深いと、結局そういう人を引き当てるのか。
 お色直しは予想外に時間がかかり、戻って30分もしない内に「本日もお開きの時間が近付いて参りました」と司会の声。「本人がルーズだと、式も何だかルーズだな」と誰かが言っていたが、何というか結婚式に偏差値的なものがあったら、確実に低いものではあった。例えば突然スピーチやコメントをふられても参加者の誰一人として上手い事が言えず、おまけに最低限の挨拶さえできていなかった。結婚式なんだから、本人と親族におめでとう位言えないのか?と思ったが、そういうものなのだろう。思わず「全体的に頭が悪いな」と言ってしまったが、少し前に結婚式を挙げたバスケ部員も「ああ、何と言うか当人達に比例するな」と笑っていた。
 もちろん偏差値が低かったとしても、結婚式は感動的ではあった。新郎新婦、双方の母親は既に他界しており、新婦が亡き母親に宛てた手紙では誰もが涙を流していた。僕らのテーブルでも、サッカー部の1人が号泣しており、「俺、ダメなんだよ。こういうの弱くてさぁ」とボロボロ涙を流していた。その席で唯一結婚からほど遠い男でもある。
 そのまま披露宴はお開きとなり、じゃあ2次会へ、という雰囲気だった。「バスケ部、誰が行くの?2次会」と先程号泣していたサッカー部が聞いた。「誰も」と示し合わせたかの様に声が揃った。「…え?同じバスケ部なのに、誰も行かないの?本気で?仲間じゃねぇの?」お前ら人間か?と言いたげな表情で、僕の腕を掴むサッカー部。「ああ、でも2次会から参加する人間はいるだろうから大丈夫だよ」「大丈夫だよ、じゃなくて、お前等はこれで帰るのかよ?」未だに納得がいかない様子だったが、「ああ、だってバスケ部ってこんなもんだもん」と他の人間が笑いながら応えた。
 その場でサッカー部とは別れ、僕らも三々五々別れた。もちろん別れ際に迷いはなかったが、「これでもうバスケ部はほぼ全員落ち着いたな。いい加減誰かが声かけないと、次会うのは誰かの葬式ってことにもなりかねんな」と皆して頷いていた。だからといって誰かが率先して集合をかけるわけでもなく、「まぁ、そん時はそん時で」と結局何も決まらないのである。
 サッカー部にしてみれば、仲間だったら式の2次会位行ってやれよ、という思いだろうか。「バスケ部、冷てぇなぁ」と苦笑していたが、バスケ部は出会った時からそんな調子だった。現役時代でさえ、皆で一緒に帰る、とか、皆で一緒に行動、ということはなかった。誰も「仲間」なんて言葉を気安く使わず、「友情」という言葉を「俺たちにそんなもんいるかねぇ?」と鼻で笑っていた。
 「バスケがしたければ、すれば良い。コート内ではチームだ。だけどできない奴はいらない。やる気のない奴もいらない。辞めたい奴はさっさと辞めれば良い、邪魔なだけだ。お友達ゴッコでバスケしてるわけじゃないんだよ、俺は」一度だけ怒りを露にして、後輩に怒っているキャプテンを見た事があった。その後輩は練習がキツい、上手くならない、だから辞めたいと相談を持ちかけたらしいが、慰められることもなく「だったら辞めれば?」と一蹴されていた。「甘い人間は好きじゃないんだよ。仲間とか友情とか、言い訳にする人間は好きじゃないんだよ」そんな様なことをあの時、キャプテンだった新郎が僕に漏らしていたことを思い出した。
 ある意味バスケ部はまとまっていたのかもしれない。甘っちょろい友情論を持ち出す人間は未だに1人もいない。適度な距離を保ち、僕らは繋がっているのだろう。無関心と言う程、無関心でもなく。友達や仲間という様な仲でもない。僕は未だに仲間という言葉や友情という言葉に嘘臭さを感じてしまうのだ。だからこそ、その関係性に居心地の良さを感じているのだろう。バスケが好きだ、という志しだけで僕らは繋がっていた様なものなのだから。
 披露宴が終わった時、新郎新婦に挨拶をした。新婦には「良き家族を」と。新郎には「またゆっくり」と。彼は笑って手を差し出し「どうせお前等のことだからこのまま帰るんだろう?まぁ、またゆっくりな」と握手をした。「またゆっくり」という言葉が実現するのは何年後か知らないが、僕らはそれで良いのだろう。バスケをしたくなったら会えば良い。コートに出てチームに成れば良い。それが僕らの原点なのだから。