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最近は写真日記。

ハンカチ

 毎朝、家を出るときに、玄関先で奥さんにハンカチをもらう。ジュニアたちも玄関まで奥さんについてきて、「ばいばい、いってらっさい」と手を振ってくれる。今日、「行くよ〜」とリビングから玄関に向かおうとすると、ジュニアが先に走っていった。玄関で待っていてくれるのかと思いきや、見あたらない。靴を履いていると「はい」とジュニアが何かを差し出していた。ハンカチである。いつも奥さんが玄関先でハンカチを渡してくれるように、ジュニアがハンカチを差し出してくれた。奥さんの指示かと思いきや、「え?何?1人で持ってきたの?」と奥さんも驚いていた。
 ちびジュニアはもう歩き回って、ハイハイをしなくなってしまったし、口まねが上手くて、こちらが言ったことをしっかりとオウム返しする。ジュニアは親の仕草を良く観察していて、いつの間にかちびジュニアの面倒を見てくれる。もちろんやろうとして、失敗して、惨憺たる結果に終わることが大半なのだけれど、それでもその意識がほほえましい。
 子供は親がいなくても育つ。見本となる人間がいれば。多分子供にとって必要なのは「愛されている」という実感と、見本となる人間である。親が「親としての威厳」を子供に見せたところで、それは親の役割としてあまり機能しない。ましてや教育の名の下に人生を強制することが浅はかだ。やはり教育の基本は「やってみせる」なのだろう。つまりは親ができないで、口ばかりで「ああしろ、こうしろ」と言っても何の説得力もないのである。遺伝性が強いのは経済格差的な生活ではない。人間性そのものである。
 「ありがとう」とハンカチを受け取ると、「いってらっさい」と手を振ってくれた。いつまで僕を見送ってくれるだろうか。その内ちびジュニアとハンカチの取り合いをして喧嘩してくれるだろうか。何とも幸せな悩みである。