読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

apoPTOSIS:mod.HB

最近は写真日記。

セックスってそんなに恥ずかしくて、珍しいか?俺はそんなお前らが恥ずかしいぜ。→ゴリブー的タイトル


図録▽主要国の性行動比較より。
 セックス頻度が低い癖に、多数の相手との性交渉率はそれなりに高い。何よりも日本男性陣は売買春はトップ。フィンランドの男性陣は金にものを言わせずとも(データがないだけかもしれないけれども)、セックスパートナーはトップ。国立国際医療センターの報告書では、「日本人の性行動に先進国の影響とアジア性が混在することを初めて明らかにした。」となっている様だが、アジア性=売買春が高いというイメージで考えた場合、少子高齢化が当てはまらず、何よりもセックス頻度に関しては反比例するのではないかと思っている(後者のデータは未参照)。
 要するにマクロに考えた時、異常ということだ。子孫を残すという本能部分でも異常であり、性的衝動という一次欲求的でもバランスが悪い。「週3回やらなかったらセックスレスだ」と僕ら夫婦は良く言っているが、イタリアでは「そうだねぇ」で終わった話が、「異常」「怖い」「変態」という反応が日本では多い。マジョリティに同調する気がないという左翼的な考えではなく、性行為に対してそこまで抵抗感を示せる人間が僕には物珍しくてしょうがない。やりたければやれば良いと思う。その逆もしかり。データがどうのこうのではなく、僕は別に売買春に対して倫理的な抵抗はない。性の商品化なんて形を変えて行われていることで、「汚い」と抵抗を示す人間は、データ上のジェンダー反映を鑑みるべきだとも思う。
 例えば同様に売買春比率の高いスペインはどうだろうか。女性のデータを見てみると、日本の4倍の割合で、多数の人間と性交渉をしている。フィンランド女性に関しても、男性に負けずに数字はトップである。フランスに至っては男女共に多数パートナーではなく、固定パートナーとの比率が高い様子で、年間の性交渉頻度も高い(他データ)。ではなぜ日本だけが男性の売買春の比率が高く、また多数パートナーとの性交渉割合が高いのか。何よりもなぜセックス頻度が低く、女性の数字、特に多数パートナーの数字は男性のそれと乖離しているのか。
 言うなれば、日本人男性と日本人女性の求めるセックス像に乖離があるのではないだろうか。頭の固い見方をすれば、AVや18禁ゲームやアニメによる、性行為への幻想化や性の消費化などと一般化されそうだが、それでは女性の数字の説明がつかない。例えばスペイン人は性行為に対して積極的だ、という印象を受ける。それは男性、女性関わらずだ(僕の経験上の話になってしまうが)。つまり何が言いたいかと言えば、「日本ではセックスの主導権は男性にあり、女性はそれに従う」という傾向がこのデータに浮かび上がっている様に思えて仕方がないのである。それをアジア性と捉えるのであれば、その社会構造から範疇にはなるだろうが、少子化という現状を説明しきれない。
 日本人男性と日本人女性の性に対する乖離は、要するにその二つの性の橋渡しをするものがなくなっているから、ではないのだろうか。以前であれば11PMやトゥナイト(2)、ギルガメなど夜のエンタテインメントがあったが、今ではただのお笑い番組だけで、乳ポロリもないに等しい。ちなみに僕は大人の絵本派だったけれども。結果的にコミュニケーションの場にもつけず、コミュニティにも発展しない。ある意味出会い系や、2chがその場を提供していると考えられるが、何故それほどまでに日本人男性が売買春、つまりは性風俗に向かってしまうのか、という問題の根は深いと思われる。
 「プロだと、金で全て解決できるんで、何でもできるじゃないっすか」なんて言葉を、性風俗大好き人間から聞く。僕の場合は如何に金銭を発生させることなくセックスに持ち込むかが面白さではあったのだけれど、そこまで持ち込めば、ある意味金銭を払って何でもできていると思える以上に、何でもできる。「時間とお金の妥協点」という話も聞くが、2回位会えばセックスには辿り着けるから、例えば48時間セックスを待つとして、時給1,000円でとりあえず計算すると4万8,000円。4万8,000円分の時間を妥協してあげれば、次からしたい放題なわけで。そこら辺は価値観の違いで、とにかく短時間で面倒臭くなく、性処理したいし日替わり弁当が良い、金はある、であれば風俗で棲み分けは付くわけで。
 そう考えてしまうと、世の男性は金があってセックスもしたいけれど、そこまでのプロセスを省きたい(もしくは省かざるを得ない)人が多いということになるのだろうか。キャバクラの位置付として、ただ女子とお酒が飲みたいってよりは、出会いだったり、疑似恋愛という側面が強そうで、同伴とかしちゃって、「俺、あいつ抱いた」的な優越感が良かったりするのだろうけれど、要するにその背景には世の一般女性が全く持って男性人のストライクゾーンを逃しているっていう意味合いが強いのではないだろうか。
 ダラダラダラダラと書いたが、言いたいことはもっとセックスしたら良いじゃんってことで、別に特定じゃなくても良いけれど、男女の架け橋となる性コミュニケーションがあってしかるべきだと思う。それに女性陣は女性陣で待ってばかりじゃなくて、自分からチンコ咥えたら良いと思う。そして男性陣は金で性を買うんじゃなくて、男として女の股を開かせられるくらいじゃないといかんよって思う。で、もっと言いたいことは人のセックスの回数が多くて気持ち悪いとか言っちゃってる奴は、自分が親のセックスで産まれて来たことをもう一度考え直せよって言いたい。まぁ回数は関係ないんだけれどもね。でも、アナタのお父さんとお母さんが、前戯っていうかフェラとかクンニにして(即ハメだったかもしれませんが)、チンコ入れてアンアンして(演技かもしれませんが)中出しした結果がアナタですよって、親の死に目で考えたら良いと思う。そういった事を考えられる人間が言う「家族は最高」ってのは僕は納得できますが、そういった部分から目を背けて「血の繋がった家族は世界に一つしかないんだから」なんて綺麗事言う人間は嫌いです。
※ほぼツリですが、少しは本気です。