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最近は写真日記。

33歳

 気がつけばゾロ目である。15年前、僕はオーストラリアで年を重ねた。考古学をやると決心していた。10年前、僕は発掘現場にいた。5年前、僕はイタリアから帰国し結婚していた。
 何とも駆け足だった。オーストラリアから15年も過ぎたとは実感できない。何も変わっていない、と感じている。成長していない、と表現するのが正解だろうか。勉強が足りない。覚えることが山ほどある。読まなければならない本が山ほどある。たった15年間で僕はいったい何を学んだろうか。少なくともイタリア語は学んだ。考古学もかじった。発掘が新聞記事になった。ビジネスマンとしてもどうにかやっていけそうだ。子供も授かることができた。胸毛も生えた(そう言えば胸毛が生え始めたのは15年前だった)。
 こんな僕を見限らない人たちがいて、何と言って良いのかわからない。僕は考古学をやる、と決めているけれども、客観的に見て多分そんな能力は無さそうであって、実際実績もあったもんじゃない。反面、ビジネス面では実績?を積み上げることができているけれど、何ら考古学に返るものがなくてびっくりするのである。それでも、僕を信じてくれている(と勝手に思っている)人たちがいて、それが何よりの救いなのである。
 現実逃避せずにやっています、というのが現在だとすれば、5年後、10年後、15年後はしっかり自分に応えてあげたいと思う。『人生最大の遅刻はなんですか?』というWeb上の質問に、『過去の自分との約束に、未だに遅刻している』と答えるしかなかった自分を認めたい。
 考古学をやります。歴史に携わります。それがゾロ目の決意なんだけれど、一つ道が開けたのは、例えば経済や経営方面からのアプローチもできるだろ、と。何というか、簡単に言うと、日経新聞てそんな取材でできるのね、ああ、日常で言うところの経済ってそんなものね、と。だったら、通用するじゃないか、と思ってしまった自分がいて、考古学に戻るのに、そんなアプローチもあるのね、というのがきっとこの5年間の集大成なのだろう。
 アカデミアで食っていくのは大変だ、というのは理解できたけれど、それは実力の所為じゃない、というのもある意味理解できた。いや、実力もあるけれど。問題は実力じゃなくて、構造だ。それと、世の中天才なんてそういないというのも、超大企業とかエリート官僚とかに会ってやっとわかった。みんな努力しているだけで、そっから先に行けないGood Player。id:KEN_NAITOとかkojiさんとか、id:laquilaの存在の希少性の再認識である。やはりスゴイのね、あなた達は、と。
 なので、これからもよろしくお願い。想像通り30歳以降の人生は未知だったけれど、何とかやっている。道は迂回しているけれど、行き着く先は結局同じだと思っているから、その時に過去の自分との約束を守りたい。随分と遅刻することになるけれど、それでも必ず行くから。僕は、必ず行くから。