apoPTOSIS:mod.HB

最近は写真日記。

ホストになってみよう:その18

 それから少しして「そろそろ、帰りません?」と、マミさんが時計を見て、エリさんの様子を伺った。「うん、そうね」とエリさんはドリンクを1口飲んでから、鞄を開けて、ごそごそとやり始めた。(お会計かな?)と思って、フロアにいるホストに合図を送ろうとすると、「はい、これね」とエリさんが何かを僕に刺し出した。「え?あ、はい」と良く見ると、それは名刺で、どうやら風俗で自分が使っているものらしく、そこには「ララ」と名前が書かれていた。
 エリさんは「ララ」の上に二重線を引いて、その下に「エリ」と書き加えた。そして名刺を裏返し、携帯の電話番号を書いた。「暇な時に電話してね。お店にもまた来るからさ」と名刺をもらう。僕は自分の名刺など持っていないので、「あ、すみません、僕何も無いんで…。ちょっと待ってください」と言って、紙切れに僕の名前と電話番号を書き、それを渡した。
 気がつくと、マミさんが既に主任と会計を済ましていて、相変わらず主任は満足そうな顔で僕を見ていた。立ち上がったエリさんに付き添い、途中彼女に上着を着せる。「また、いらっしゃって下さいね」と歩きながら話しかけると、「もちろん。その時は指名するから。あと、連絡もしてね、ちゃんと」と携帯を振った。そのまま店の外に出て、タクシーを拾い彼女達は帰って行った。
 店に戻ると主任が入り口で待っていて、「お前、やるなぁ。俺がスカウトしただけはあるよ。すげぇーよ」と何故か嬉しそうだった。バックに戻ると、ジョーに「いやぁ、流石ですねぇ。凄いですよ。いきなり指名ですか?」とからかわれるが、「っていうか、実際辛いんだけれどねぇ。あんまり席に着きたくないかも…」と漏らしていると、他のホストが寄ってきた。「サクラくん、凄いな。なんだあれ。手のマッサージ?俺にも教えてくれよ。何だろうなぁ。顔の作りが違うのか?遺伝子が違うのか?俺も頑張らないとなぁ」などと一方的に話しかけられるが、「はぁ…」と答えるしか無かった。
 聞けばどうやら、僕が席に着いている間に色々と話題になっていたらしい。「主任がスカウト」とか、「専務のお気に入り」とか。気がついていたのだが、他のホストに比べて僕の待遇はかなり良かった。他のホストたちは出勤時間が早かったり、仕事内容も皿洗いだったり、僕に比べて「見習い」待遇の人間が多かった。かといって、僕も素人なわけで、それが気に食わない人間もいるのだろう。当時の僕は、他人に対して本当に必要最低限の興味しか抱かなかったので、そういったことを見て見ないフリをしていた。何より僕は1ヶ月程度で、出られる日だけ、と割り切っていたので、ガツガツしたものが何も無かったとも言える。
 何だか、ちょっと面倒臭くなって「あ、ジョー、ここ変わるからフロアー出ててよ」と皿洗いを始めた。レセプションというだけあって、オードブルが豪華なのだが、あまり手をつけてないお客さんが多かった。捨てるのももったいないので、食べながらお皿を片づけていると、キッチンから若い女性が出てきた。「…。おはよう。お腹でも減ってるの?」とどうやら笑いを堪えながら、僕の口元を見ている。後々知ったのだが、彼女がお店のシェフで、1人で料理を作っているという。「ぅ…あ!…え?あ、すみません。お腹減っちゃって…」と口をモグモグしていると、「しょうがないなぁ。ピラフくらいならできるけど。それで良い?」とキッチンに戻って行く。(どういう意味だ?)と相変わらず口をモグモグしていると、フロアから「サクラくん、ちょっと!」と専務の呼ぶ声が聞こえた。