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最近は写真日記。

母親にファミコン隠されたりした

 「母親にファミコン隠されたりした、あのころ」を読んでいて、僕もそういう時期があったことを思い出した。
 果物屋の2階には倉庫があって、そこに4畳ほどの個室があり、僕専用の部屋に成っていた。ファミコンとテレビの接続は、今のPSの様にシンプルでは無く、いちいちアンテナ線を外さなければ成らなかった。その度にテレビとアンテナの接触が悪くなったりして「ゲームでテレビの画像が汚くなる」と父親に言われ、実家のテレビにファミコンを繋ぐことは禁止されていた。そのためファミコンはお店の2階に設置され、実家でプレイするということはまずなかった。
 小学校中学年のある日のこと。学校から帰宅*1し、2階に上がると、そこにあったはずのファミコンが無い。店に降り「おかーさん。ファミコンどこ?」と聞くと、「あんたがゲームばっかりやってるから、隠しました」と何故か機嫌が悪い。当時の母親の印象は「ヒステリック気味」という感じだったので、機嫌が悪い時は成るべく近寄らない様にしていた。しかしファミコンを隠されて黙っていては、男が廃るというものである。
 「たけちゃん(仮名@同級生)とかは、皆な17時には家に帰るよ。18時頃にはお風呂入って、19時とかにはご飯食べて、22時には絶対に寝てるって。学校から帰れば皆、おかーさんが待っていて、おやつとか出してくれるんだよ。だけど、うちはお店が閉まるまで僕1人何だよ?じゃあ、おかーさんは、僕にお店が閉まるまでずっと外で遊んでいたら良いって言うの?それとも皆がしているように、僕も皆と同じ生活させてくれるの?」と普段から疑問に思っていたことを涙ぐみながら話したと思う。もちろん心の中では「そんな生活をしている自分はあり得ない」と思っていたが。
 できた親ならば「ちょっと待て、お前は遊ぶことしかないのか。勉強しろ」と返すに違いない。しかし、うちの母親は違った。「だったらゲームばかりしてないで、お店を手伝いなさい。手伝ったらゲームして良いから」と配達の伝票を手渡され、それ以降僕はファミコンと引換えに、配達係りに任命されたのであった。その日、ジャイアンの気持ちが少しわかった気がした…。

*1:帰る先は実家では無く店である